「明日も会社に行けるか、自信がない」
「休みたい。でも、休んだら生活費はどうなるんだろう」
発達障害(ADHD:注意欠如・多動症、ASD:自閉スペクトラム症)のある方が、無理を重ねた末に適応障害やうつといった二次障害で動けなくなることは、決して珍しくありません。そして多くの方が、心と体だけでなく「お金」の不安に押しつぶされそうになります。
私自身、ADHDと診断されたエンジニアとして働いていますが、同じ特性を持つ仲間が休職に追い込まれ、傷病手当金の存在を知らないまま貯金を切り崩していた話を何度も聞いてきました。正直、もっと早く知っていれば、と悔しくなる場面ばかりでした。
この記事では、休職中の生活を支える柱になる「傷病手当金」を中心に、休職中のお金の制度を整理します。読み終えるころには、「いくらもらえるのか」「どうやって申請するのか」「退職してももらえるのか」「障害年金や失業給付とどう関係するのか」が一通りわかるようになっているはずです。
なお、お金の話は人生に直結するYMYL領域です。本記事は2026年時点の制度を公的情報にもとづいてまとめていますが、金額や要件には個別事情で例外があります。最終的な確認は必ず加入先の健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)や年金事務所に行ってください。
傷病手当金とは、健康保険(協会けんぽや健康保険組合)に加入している被保険者本人が、業務外の病気やケガで働けなくなり、給与を受けられないときに、健康保険から支給されるお金のことです。連続して3日休んだあと、4日目以降の休んだ日に対して、おおむね給与の3分の2にあたる額が支給されます。
ここで多くの方が気になるのが、「適応障害やうつのような精神疾患でも対象になるの?」という点だと思います。結論から言うと、対象になります。傷病手当金は病名で線引きされるものではなく、「医師が労務不能(働けない状態)と認めているかどうか」で判断されるためです。適応障害・うつ病・不安障害など、発達障害の二次障害として起こりやすい疾患も、医師が労務不能と証明すれば支給の対象になります。
発達障害そのもの(ADHD・ASDという特性)があるだけでは傷病手当金は出ません。あくまで「療養が必要で働けない状態」に対する給付です。二次障害として適応障害やうつなどを発症し、医師が「働けない」と判断したときが対象になります。
なぜ二次障害がここまで重要なテーマなのかは、発達障害と二次障害の関係で詳しく書いています。あわせて読んでおくと、休職に至る手前の段階で打てる手も見えてくるはずです。
では、具体的にどんな条件を満たせば受け取れるのか。次の章で整理します。
傷病手当金を受け取るには、以下の4つの条件をすべて満たす必要があります(全国健康保険協会の公式情報より)。
要件 | 内容 |
|---|---|
①業務外の病気・ケガ | 仕事や通勤が原因の場合は対象外(そちらは労災の対象) |
②療養のための労務不能 | 医師の判断で「働けない状態」であること |
③4日以上仕事を休んでいる | 連続3日の待期期間を含め、4日目から支給対象 |
④給与の支払いがない | 休職中に給与が出ていないこと(出ていても手当金より少なければ差額を支給) |
特に見落とされやすいのが、③の「待期期間」です。
療養のために仕事を休み始めた日から、連続した3日間は「待期期間」と呼ばれ、ここには傷病手当金は支給されません。支給対象になるのは4日目からです。この待期の3日間には、土日祝などの公休日や、有給休暇を使った日も含まれます。重要なのは「連続している」ことで、たとえば1日休んで出勤、また1日休む、という飛び石では待期が成立しません。
適応障害やうつのつらさは波があります。「今日はなんとか出社できた」という日が間に挟まると待期がリセットされてしまうことがあります。主治医と相談のうえ、休むときはまとまって療養に専念するほうが、結果的に制度上もスムーズなことが多いです。
①の「業務外」という点も大切です。明らかにパワハラや過重労働など職場環境が原因と考えられる場合は、労災(労働災害)の対象になる可能性があります。判断が難しいときは、加入先の健康保険や労働基準監督署にも相談してみてください。
ここが一番気になる方も多いと思います。傷病手当金の1日あたりの支給額は、ざっくり言えば「給与のおよそ3分の2」です。
正確な計算式は次のとおりです(協会けんぽの場合)。
支給開始日以前の継続した12か月間の各月の標準報酬月額を平均した額 ÷ 30 × 2/3
= 1日あたりの支給額
「標準報酬月額」とは、社会保険料を計算するときに使われる、給与をきりのよい等級に当てはめた額のことです。実際の手取りや残業代込みの総支給額とは少しズレることがあります。
文字だけだとイメージしづらいので、目安として例を挙げます(あくまで概算です)。
平均標準報酬月額 | 1日あたりの支給額(目安) | 30日分の目安 |
|---|---|---|
約20万円 | 約4,440円 | 約13.3万円 |
約30万円 | 約6,660円 | 約20万円 |
約40万円 | 約8,880円 | 約26.6万円 |
(1円未満は端数処理されるため、実際の額とは多少前後します)
正直なところ、「給与の3分の2」と聞くと心もとなく感じるかもしれません。私も最初にこの割合を知ったときは「これで生活できるのか」と不安になりました。ただ、傷病手当金は非課税(所得税・住民税がかからない)で、さらに休職中は社会保険料の本人負担が続くものの、給与にかかっていた所得税や雇用保険料などはなくなります。手取りベースで比べると、思っていたほど差が開かないケースもあります。
なお、休職中でも会社の健康保険・厚生年金の保険料は原則として本人負担分が発生し続けます(会社が立て替えて後日精算する形が一般的)。ここは見落としがちなので、休職前に会社の人事担当に確認しておくと安心です。
傷病手当金がもらえる期間は、同じ病気やケガについて、支給を開始した日から「通算して1年6か月」です。
ここで知っておきたいのが、2022年(令和4年)1月の法改正で、この期間が「暦の上での連続1年6か月」から「通算1年6か月」に変わった点です。
改正前 | 改正後(2022年1月〜現在) |
|---|---|
支給開始から暦の上で1年6か月まで(途中で復職して再び休んでも、暦の上での期限を過ぎたら打ち切り) | 実際に支給された日を通算して1年6か月分まで |
これは適応障害やうつの方にとって、地味ですが大きな改善です。これらの疾患は、いったん復職してもまた体調を崩して再休職することが少なくありません。改正前は復職している間も「期限のカウント」が進んでいましたが、改正後は実際に休んで支給を受けた日だけが通算されます。途中で復職した期間はカウントされないので、トータルで使える日数の上限が守られやすくなりました。
焦って早く復職した結果、また悪化して再休職、という流れは本当によく聞きます。通算制になったことで、「一度復職に挑戦してダメでも、まだ残りの傷病手当金がある」という安心感を持って療養に向き合いやすくなりました。
休職中の過ごし方や、無理のない復職の進め方については、発達障害で休職したときの過ごし方と復職ガイドで具体的にまとめています。お金の不安が少し落ち着いたら、こちらも目を通してみてください。
精神疾患での傷病手当金で、最大のポイントになるのが「医師の証明」です。
傷病手当金の申請書には、主治医が記入する「療養担当者記入欄」があります。ここに、医師が「この期間、労務不能だった」と証明してくれることが、支給の前提になります。逆に言えば、ここがあいまいだったり、期間が途切れていたりすると、差し戻されたり不支給になったりすることがあります。
精神疾患の申請で気をつけたいことを、いくつか挙げておきます。
そもそも適応障害やうつかどうかは自己判断できるものではなく、診断は医師にしかできません。「もしかして」と感じている段階であれば、まずは医療機関を受診し、専門家の判断を仰ぐところから始めてください。精神疾患の基礎情報は、国立精神・神経医療研究センターのこころの情報サイトが公的で信頼できます。
ここまで読んで、「自分の場合は対象になりそうだ」と思えてきたでしょうか。では、実際の申請の流れを見ていきます。
傷病手当金の申請は、申請書(傷病手当金支給申請書)を用意し、3つの立場の人がそれぞれの欄を記入して、加入先の健康保険に提出する、という流れになります。
申請書は、おおまかに次の構成になっています。
記入する人 | 内容 |
|---|---|
①被保険者(あなた本人) | 氏名・口座・休んだ期間・状況などを記入 |
②事業主(会社) | 休んでいた期間や給与の支払い状況を証明 |
③療養担当者(主治医) | 労務不能だった期間と病状を証明 |
具体的な手順は次のとおりです。
申請してから振り込まれるまでには、一般的に数週間から1か月以上かかることがあります。そのため、休職に入ってすぐに生活費が振り込まれるわけではない点は、心づもりしておいてください。最初の1〜2か月分の生活費は、貯金や他の制度でつなぐ必要が出てくることもあります。
申請のたびに会社と医師に証明をもらうのは、正直しんどい作業です。特に適応障害で休んでいるときに会社と連絡を取るのは、それ自体が大きな負担になります。可能なら、休職に入る前に「申請書は誰に送ればいいか」「事業主証明は人事に依頼すればいいか」を確認しておくと、後がだいぶ楽になります。
「もう今の会社を辞めたい。でも辞めたら傷病手当金は止まってしまうの?」
これも本当によく聞かれる疑問です。答えは、一定の条件を満たせば、退職後も継続して受け取れます。これを「資格喪失後の継続給付」と呼びます。
継続給付を受けるには、次の条件を満たす必要があります(協会けんぽの場合)。
ここで絶対に気をつけたいのが、退職日(資格喪失日の前日)に出勤してしまうと、継続給付の条件を満たさなくなるという点です。「最後くらい挨拶に行こう」と退職日に出社したことで、退職後の傷病手当金が受け取れなくなった、というケースは実際にあります。退職日は出勤せず、休んだ状態にしておく必要があります。
これは知らないと本当に損をするポイントです。退職の段取りを会社と詰めるときに、「退職日は出社扱いにしない」ことを必ず確認してください。
退職そのものをどう進めるか迷っている方は、退職前に考えておきたいことを発達障害で仕事を辞めたいと感じたらで整理しています。働き方を変える選択肢の全体像は発達障害者にとってフルリモートは天国だった件もあわせてどうぞ。お金の制度とあわせて読むと、判断材料がそろうはずです。
休職中・退職後のお金を考えるうえで、傷病手当金以外の制度との関係も知っておくと安心です。代表的なのが「障害年金」と「失業給付(雇用保険の基本手当)」です。
障害年金は、病気やケガで生活や仕事に支障がある状態が続くときに受け取れる年金です。療養が長引いて一定期間(原則として初診日から1年6か月)を超えると、申請を検討できる場合があります。
傷病手当金と障害年金の関係は少し複雑です。同じ病気を理由に「障害厚生年金」を受け取れるようになると、傷病手当金との間で調整(併給調整)が行われ、原則として傷病手当金は支給されない(または差額のみ)扱いになります。一方で、まったく別の傷病で受け取る場合や、「障害基礎年金のみ」の場合などは調整されないこともあります。
ここは個別性がとても高い部分です。「同じ病気で両方フルにもらえる」とは限らないと理解したうえで、年金事務所や社会保険労務士に確認するのが確実です。
失業給付は「働く意思と能力があるのに仕事が見つからない人」を支える制度です。一方、傷病手当金は「働けない人」への給付です。前提が正反対なので、原則として同時には受け取れません。
ただし、つながるように使う方法はあります。失業給付には「受給期間の延長」という仕組みがあり、病気などですぐに働けない期間がある場合、本来の受給期間を延長できます。これを使えば、退職後はまず傷病手当金を受け取り、体調が回復して働ける状態になってから失業給付に切り替える、という流れが可能です。延長手続きには期限があるので、退職後は早めにハローワークへ相談してください。
整理すると、こうなります。
状態 | 主に使う制度 |
|---|---|
在職中・働けない | 傷病手当金 |
退職後・まだ働けない(継続給付の条件を満たす) | 傷病手当金(継続給付) |
療養が長期化 | 障害年金の検討(併給調整に注意) |
回復して求職活動ができる | 失業給付(それまでは受給期間延長) |
なお、傷病手当金を受け取りながら、回復後の働き方を考えるなら、障害者雇用という選択肢もあります。障害者雇用の仕組みは発達障害の障害者雇用完全ガイドで、復職時に職場へ配慮をどう求めるかは職場での合理的配慮の求め方完全ガイドで詳しく解説しています。「給料が下がるのでは」という不安がある方は、障害者雇用の給料は低い?もあわせて読んでみてください。
最後に、この記事のポイントを振り返ります。
お金の不安は、休職を選ぶときの一番大きな壁です。でも、こうして制度を一つずつ知っていくと、「思っていたほど絶望的ではない」と感じられる部分もあるはずです。私の周りでも、傷病手当金の存在を知って「とりあえず休んで大丈夫だ」と表情が変わった当事者を何人も見てきました。
繰り返しになりますが、金額や要件には個別の事情で例外があります。本記事は2026年時点の制度をもとにした目安です。最終的な確認は、必ず加入先の健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)や年金事務所に行ってください。
一次情報として、以下も参考にしてください。
「お金の制度はなんとなくわかった。でも、回復したあと、また同じように倒れてしまわないか不安」
その不安は、とても自然なものです。傷病手当金はあくまで「休んでいる間」を支える制度であって、復職後の働き方そのものを変えてくれるわけではありません。同じ環境に戻れば、同じように二次障害を繰り返してしまうこともあります。
だからこそ、回復の見通しが立ってきたら、「次はどんな環境で働くか」を、発達障害の特性を理解した専門家と一緒に考えてみてほしいと思います。下記の転職エージェントは、いずれも障害のある方の就職・転職支援を専門にしていて、無料で相談できます。「すぐ転職する」と決めていなくても、情報収集や今後の整理のために話を聞いてもらうだけでも十分価値があります。
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この記事は個人の体験に基づくものであり、医療的なアドバイスではありません。 発達障害の診断や治療については、必ず専門医にご相談ください。 また、記載されている情報は執筆時点のものであり、最新の情報と異なる場合があります。
社会人になってからADHDの診断を受けた当事者。地方在住でフルリモート勤務、年収800万円のフロントエンドエンジニア。転職5回の経験から、発達障害のある方のキャリア形成に役立つ情報を発信。
運営者情報の詳細を見る発達障害(ADHD・ASD)のある方にとって、派遣・契約社員は「正社員が無理」だから選ぶ消極的な選択肢ではありません。人間関係の固定回避や仕事のお試しなど、特性と相性のよい面があります。雇用形態の違い、向いているケース、メリット・注意点、障害者雇用枠での選び方まで当事者目線で解説します。
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